この記事のポイント
ノーベル賞受賞研究と特許の関係を解説。基礎研究の特許化、大学の知財戦略、受賞研究の社会実装における特許の役割、特許化されなかった研究の事例を分析します。
ノーベル賞と特許の関係
ノーベル賞は基礎研究の最高峰の賞ですが、受賞研究の中には特許と深く関連するものが少なくありません。基礎研究の成果を社会に実装する際、特許が重要な役割を果たしています。
特許化されたノーベル賞受賞研究の例
| 受賞年 | 分野 | 受賞者 | 関連特許 |
|---|---|---|---|
| 1956年 | 物理学 | ショックレー他 | トランジスタ特許 |
| 1993年 | 化学 | マリス | PCR特許 |
| 2012年 | 生理学医学 | 山中伸弥 | iPS細胞特許 |
| 2014年 | 物理学 | 赤崎・天野・中村 | 青色LED特許 |
| 2019年 | 化学 | 吉野彰他 | リチウムイオン電池特許 |
| 2020年 | 化学 | ダウドナ・シャルパンティエ | CRISPR特許 |
基礎研究の特許化の課題
特許化のタイミング
基礎研究は論文として公開するのが学術的な規範ですが、論文公開後は新規性を失う可能性があります(グレースピリオドの範囲内を除く)。
- 米国: 公開後1年間のグレースピリオド
- 欧州: グレースピリオドなし(公開=新規性喪失)
- 日本: 公開後1年間の新規性喪失の例外
したがって、国際的な特許保護を得るには論文公開前の出願が不可欠です。
大学の技術移転機関(TLO)
大学の基礎研究を特許化するため、多くの大学に技術移転機関(TLO: Technology Licensing Organization)が設置されています。米国ではバイ・ドール法(1980年)により、政府資金による研究成果の特許化を大学に認めたことがTLOの設立を促しました。
PCR特許 — 最も商業的に成功した事例
キャリー・マリスが発明したPCR技術は、特許化された基礎研究の中で最も商業的に成功した事例のひとつです。
PCR特許の商業化
- Cetus社がPCR特許を取得: US4683195、US4683202
- Roche社がCetus社からPCR特許を3億ドルで購入(1991年)
- PCR装置・試薬の販売で数十億ドルの収益
- PCR特許の期限切れ後: ジェネリック試薬の普及
CRISPR特許戦争
CRISPR-Cas9遺伝子編集技術は、ノーベル賞受賞研究の中で最も激しい特許争いが起きた事例です。
争いの当事者
| 陣営 | 機関 | 主張 |
|---|---|---|
| ダウドナ陣営 | UC バークレー | 原核生物でのCRISPR使用を最初に発明 |
| 張鋒陣営 | ブロード研究所 | 真核生物(哺乳類細胞)での使用を最初に発明 |
USPTOのPTAB(特許審判部)は、ブロード研究所の特許がUCバークレーの特許と抵触しないと判断しましたが、争いは継続しています。
特許化されなかったノーベル賞研究
ティム・バーナーズ=リー(World Wide Web)
前述の通り、World Wide Webは特許化されませんでした。基礎研究の「オープン公開」が社会に最も大きなインパクトを与えた事例です。
アインシュタインの相対性理論
アインシュタインの相対性理論は基礎物理学の理論であり、特許の対象(具体的な技術的実施態様)ではありません。ただしアインシュタインは冷蔵庫等の実用的な発明で特許を取得しています。
日本のノーベル賞受賞者と知財
山中伸弥教授のiPS細胞
前述の通り、京都大学iPS細胞研究財団による非独占的ライセンスモデルは、大学の基礎研究の知財管理の模範とされています。
吉野彰博士のリチウムイオン電池
旭化成の企業研究者として取得した特許群は、職務発明として会社に帰属しつつ、業界全体のクロスライセンスを通じて社会実装が進みました。
実務家へのアクションポイント
- 大学研究者: 論文公開前に特許出願を行う習慣を身につける
- TLO: 基礎研究のスクリーニングを強化し、特許化すべき研究を早期に特定する
- 企業R&D: 大学との共同研究における知財帰属の取り決めを明確にする
- 投資家: ノーベル賞関連技術の特許ポートフォリオを持つ企業への投資機会を評価する
ノーベル賞と特許の関係は、「基礎研究の社会実装における知財の役割」を考える上で最も示唆に富むテーマです。